大阪支部「第8回基礎技術セミナー」開催報告
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■日時:2024年11月26日(火)
■場所:ABCホール
■参加人数 :138名 -
大阪支部では、経験1年~3年程度の技術担当者や関心ある学生を対象に「基礎技術セミナー」を開催しています。今年は138名の参加者を迎え、経験豊富な講師たちが若手にとって関心の高いテーマを取り上げました。受講者アンケートからは、「専門的な知識が無くても分かりやすかった」「実践に役立つお得な情報を得た」「時間があればもっと話を聞きたかった」など好評が多数寄せられました。
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① 音声現場でのマイクレイアウトについて
(株)アイネックス 山本耕之氏音声歴22年、中継・スタジオ・ドラマ・ENGなど幅広く従事してこられた山本氏は、音の原理やマイクの仕組みといった基礎知識から、全国高校野球選手権大会やM-1グランプリでの音声設計の実際、そして、ドラマ撮影でのマイクの仕込み方まで、初歩から応用へと実践的な解説を行いました。
夏の甲子園で行うマイクのセッティングについては、合わせて50近いマイクの種類や狙いを紹介。特に、アルプススタンドの応援を狙うマイクや1塁・3塁それぞれのベンチを狙うマイクなど、各所の音声が立体的に構築されることで高校野球の臨場感を伝えていることを解説しました。
M-1グランプリでは、芸人にあえてピンマイクを仕込まないという番組の流儀を披露しました。センターマイクを挟んでボケとツッコミが繰り広げる漫才の世界観を第一にしつつも、時にはセンターマイクから離れてしまう芸人たちの動きをリハーサルで確認。本番の舞台下でガンマイクをフォローする職人技を解説しました。観客席の笑いや待機する芸人の反応、さらには舞台にせり上がる直前の芸人のつぶやきまで狙うことで、緊張感あふれる舞台や特番ができあがっていく様子を伝えました。一転、ドラマ「マーダー★ミステリー」は完全アドリブの芝居のため、どのアングルから撮影してもマイクが見えないよう、出演者7人全てにピンマイクを仕込んだとのこと。この中で、ネクタイの有無、薄いニットセーター、着物まで、見えずに聞こえる効果的なピンマイクの仕込み方のコツを解説しました。ゴム板や磁気カードまで身近にあるものを工夫し、より良い音を追求する山本氏。「何事にも興味を持ちましょう」と会場に語りかけました。
② NHK MUSIC 制作手法
〜紅白歌合戦ができるまで〜
NHK大阪放送局 中山浩佑氏 忽那達夫氏
中村令奈氏 島田真悟氏毎年、演出も話題に上るNHK紅白歌合戦。一体どのようにして作られるのか。実際に現場を取り仕切ったTD(技術責任者)・撮影・音声・照明、各担当者が多角的に解説しました。
2020年と2021年、TDとして紅白歌合戦に携わった中山氏。紅白歌合戦の規模感を他の音楽番組と比較しながら解説しました。「うたコン」や「SONGS」などの定時音楽番組では、番組演出に合わせてプランニングを開始、本番1週間前にセット発注、本番前々日に制作・美術・技術で打合せを行い、前日にカット割り打合せを経て、本番当日に技術セッティング・音合わせ・リハーサル、そして本番へと臨みます。一方、紅白歌合戦では、8月に技術チーフが決まり、随時各所との打合せを経て11月にはセット発注、リハーサルは前日と当日の2日間にわたって行われるなど、長期間かけて積み上げていく準備の全体像を紹介しました。撮影・照明・音声の各担当者は、出演者や楽曲の世界観を表現するプランニングの重要性を指摘しました。撮影担当の忽那氏は、クレーンなどの特機を始め、最新鋭のバーチャルプロダクション技術を活用した事例を紹介。照明担当の中村氏は、およそ50の楽曲の照明について、照明チーフが光の明度・彩度・色相と人の感情との関連を視野に入れつつ、1曲ずつ設計したことを説明しました。音声担当の島田氏は、総勢70名以上の要員配置や400以上の回線の設計を解説すると共に、アーティストへのリサーチ、伴奏の収録・生演奏の手配など、丁寧な準備の積み重ねが肝要であることを指摘しました。
紅白歌合戦を作り上げた講師たちからは、それぞれの専門性を生かし束ねることで大きな目標を達成できるという力強いメッセージが来場者に送られました。③ ロケの基本的なライティング
(株)ウエストワン 河合裕也氏「ひと言にライティングと言っても、スタジオ・ドラマ・中継・ロケなど、フィールドは多様です。中でも、バラエティ中継やロケ番組はめまぐるしく変わる環境の中、出演者のやりとりの魅力を生かしながら、臨機応変にライティングを施せるかが大きなポイントの一つです。」日々、柔軟さを求められる現場で手腕を発揮している河合氏。視聴者が見やすく、心を掴む魅力的な照明をテーマに照明技術を解説しました。
まず、順光、半順光、半逆光、逆光の違いや「3点照明」の施し方など基礎的な照明技術について3DCGシミュレーションソフトを用いて説明し、2次元の映像の中で立体感を表現するために陰影が果たす役割の重要性を説きました。基礎を理解することで、屋外でのロケや外光の入る屋内といった実際の撮影現場においても、現場の光が果たす役割を見抜き照明に置き換えて考えられること、また、番組に求める雰囲気やテイストを醸し出すライティングを限られた時間や環境で組み立てることができることを指摘しました。さらに、店舗で料理を撮影する場面を例に、つやや照りといったシズル感の出し方、柔らかい光で食欲をそそるディフューザーの使い方など明日からのロケでさっそく使える実践的なコツを披露しました。
河合氏は、機材による照明だけではなく、その環境における様々な光の種類・強弱を感じ取る意識、そして、それらを生かしたり抑えたりしながらメイン光と補助光をバランスしながら照明していくことの大切さを伝え、「いらないという判断もライティング」という照明の奥深さを若手技術者に感じさせる含蓄の深いメッセージで締めくくりました。④ ゴルフ中継の基礎と運用上の注意点
(株)関西東通 平田泰一氏 中田具樹氏パリオリンピックでの松山英樹選手の活躍も記憶に新しいゴルフ中継。技術革新による進歩も顕著です。長年この世界でキャリアを積み重ねてきたお二人。軽妙な語り口とは裏腹に、ゴルフ中継の歴史を縦覧し、その進歩を明らかにする骨太な解説を行いました。
ゴルフ中継は、数多くのカメラと高倍率望遠レンズ、低遅延送り返しが求められるため、中継車を使用した制作が一般的です。両講師は、まずその制作手法の進化を詳しく説明しました。仮設プレハブで制作する「センター方式」、プレハブの役割を中継車で担う「センター集中方式」、最大延長3キロの光ケーブルを駆使して出先中継車を無くした「ハイブリッド方式」、ケーブルをつなぎ替え6台のカメラでコースを回りきる「キャタピラー方式」、さらに、現場の映像を全てIP伝送し遠隔地のスタジオで制作する方式などです。効率化により、運用の複雑さが増すことはあるものの、状況に応じて制作方式が採用されているとのことでした。
プレーを魅力的に見せる新しい表現も続々と生まれています。ティーショットで弾道・角度・速度などを瞬時に見せる弾道表示カメラ、コースに埋め込まれた小型カメラ、池から選手を狙うボートカメラ、選手の表情を捉えるシネカメラ、コースを俯瞰するワイヤーカムや有線ドローン。さらに、50mクレーン上から超望遠レンズで撮影が敢行されることもあります。また、両講師はHDDレコーダーによる収録・遅延再生も紹介。CM中のプレーの再生のほか、中継の軸となる最終組以外の有力選手のプレーなど、緊迫した展開の中でも見たい選手を途切れなく見せていく仕組みを詳しく説明しました。コース終盤につれ選手の一打から目が離せなくなるゴルフ中継は、技術革新とそれを生かす豊かな経験が生み出していることを示す興味深い解説となりました。
2024年1月に発生した能登半島地震は、関西の私たちにも今できることは何かを問いかけました。2025年は阪神・淡路大震災30年でもあります。これまでも、それぞれの形で人々の暮らしを明るく豊かにしようと取り組んできた私たち。関西の若手育成の一助にと各社タイミングを調整してのセミナー開催となりました。講師のみなさまをはじめ、幹事社であり、会場も提供いただいた朝日放送テレビ様ならびに事務局の伊藤忠ケーブルシステム様など、多くの方々のご協力で開催することができました。すべてのみなさまに深く感謝申し上げます。
コンテンツ発信を取り巻く環境が変化し続け、ユーザーのニーズも多岐にわたる現代だからこそ、基礎を学び、盤石の土台を作ることに意義があります。こうした会を今後も継続することで、関西の業界が一致団結し時代の変化の波を乗り越え、コンテンツ開発の未来を切り開く人材を生み出していくことを期待したいと思います。芦田 宙
あしだ・ひろし NHK大阪放送局